世界樹のとりねこが揺れ動き、その最初の枝が折れ、婦人達は装飾品探しがもとで厄災を招くこととなった。権力とより多くの金を求めて兄弟達が互いに争い、父親は、息子の頭を割った。神聖な民会の場にも血が流されたのである。
3年に渡って戦は続き、多くのヴァルハラの戦士は勝利を信じて戦へとかり出された。
竜のニドヘッグはユグドラシルの大木の根っこをちぎり、鹿たち※1は出たばっかりの木の芽をかみ切って食べてしまう。運命の女神ノルンの乙女※2は水くみの桶をもってやっては来ない。枯れた枝葉が、世界樹の枯れて黄色くなった葉から飛び出ていた。
その時真ん中の蛇(ミズガルズの蛇を指す)がやって来ていつまでも海面に留まり、砂浜にむけて高波を激しくうち寄せている。蛇の吐く毒の息で海は汚れ、魚はもうとても食べられない。
狼フェンリルヴォルフ※3は吠え小人達は洞穴で寒さに震えている。そしてバルドルを殺させてしまったロキは※4罰として石の板に縛り付けられているのだが、その石の板を揺するので、山々は震動して大地は大きな口を開けてしまった。その大きな裂け目からは硫黄の蒸気が吹き出て死火山がまた火を噴き出した。
軍神ヘイムダルはほんのわずかな時間眠るだけで、夜な夜な絶えず休まずに世界の様子を見守っている。一度も夏が来ることがなしに冬が3度続けてやってくる。嵐が四方八方から吹雪を吹き付けて、最後の草の一束ねをも埋めてしまい、人々は情け容赦もなくお互いに憎悪に駆られて敵対している。
槍の川でもあり刀の川でもあるこの東の地域にある川は、この世と死者の国とを隔てていたが、この川は洪水をもたらしはしたが凍結して通れなくなることはなかった。
この川には以前より沢山の武器が漂流するようになり、渡ろうとする者を細かく切り裂いてしまう。太陽から遠く離れた使者の浜には、偽称者と暗殺者が一区画を占める。その囲壁は蛇の身体が寄り合わされたものできらきらと光り、毒が屋根の隙間からしたたり落ち、罪を犯した者を責め苦しめている狼が、彼らの屍を引き裂き、ニドヘックが彼らの血をすすって死者の生命力と知恵を養っている。
そしてアースの神々の雄鳥が時を告げて、死者の国の煤けた赤い色をした雄鳥は寝ている者の目を醒まし、巨人達に戦に出かける合図をして叫んでいる。
狼のスケェル(嘲り笑う)が太陽をひっ掴み、太陽は力を持たなくなり大地は暗闇となる。狼のハチ(軽蔑する者)が月の所まで行き、永久に月を捕まえてしまうので時も計れなくなってしまった。
ヘイムダルはギャルラホルン(大きな音を出す角笛)を取り出した。もはや戦闘は避けられなくなった。ヘイムダルが角笛を非常に大きな音で吹き鳴らすので、その音は黄泉の国まで届いた。アースの神々は皆協議をしに急ぎ、オーディンは賢いミーミルの頭が保管されている箱を開き、ミーミルと相談した※5。
フェンリルヴォルフは鎖を引き裂いたので地面はとどろき、葉っぱは音を立てて木から落ちた。ロキは石の板の上でのたうち回ったので、彼を縛り付けていた鎖はついに切れて、木々は地面からゆるみ倒れ磐はめりめりと音を立てて崩れ落ちた。
ロキは大地を揺さぶったのであらゆる鎖やバンドは全て裂けてしまい、フェンリルヴォルフは自由の身となってしまった。彼は何百マイルも離れた所へと駈けていき、口を大きく開ける。下顎は大地を擦って剥ぎ、上顎は天まで届く。もっと空間があれば、彼は咽をさらにいっそう大きくあけただろう。
火が狼の目の中で燃え、火花が鼻の穴から飛び散る。
真ん中の世界の蛇は陸地の方にと転がってのたうち回り、ものすごくむかっ腹をたてて大量の毒を吐き出したので、大地も海も毒にまみれて水は膿んで腐り、毒のせいでいろいろな色の光で輝く泡が波の上に漂う。
高波を掻き立てる高潮と共に、世界の嫌われ者が岸辺へと大きな戦場めがけて這寄ってくる。潮と共に死者の爪で作られた船ナグルファル(死者の船)がやって来て、黄泉の国から敵達を連れてくる。
その竜骨は東の方から波を押し分けて海を通り抜けて進み、その船の操縦者はロキであった。
死者の国の入り口にいる犬ガルムが急いで駆けつけてきた。狼のスケェルが太陽を、ハチが月を飲み込んでしまい、星は軌道から外れて飛び宇宙をさまようか陸地や海に墜落してしまう。騒々しい中で空はひび割れ、ムスペル(火の巨人の国)の人々はこちらに馬で駆けてくる。その先頭には火の巨人スルト(黒い者)がいて彼は太陽よりも明るく光っていた。
そのようにして巨人達はビフレストの橋を突き進んだが、橋は壊れて、落ちたムスペルの巨人達の群は川を泳いで渡り、二番目に大きな軍隊として戦場に到着する。
霜の巨人と山の巨人と外の世界からその他の敵手が、第三の大きな部隊となった。神々と人間ども全ての敵は戦陣を組む。
世界樹のとりねこの木は大揺れに揺れ、比較的丈夫な枝まで折れてしまい、恐怖に怯えない世界の住人は1人もいなかった。
アースの神々は武装を整え武器を手にし、オーディンはヴァルハラの540の入り口の扉を開けさせ、そこから800人の戦没した戦士達が出動し戦場に向かった。
オーディンは金の兜に光り輝く鎧を纏い、魔法の槍グングニルを装備して彼の8本足の馬スレイプニルに飛び乗り、先陣を切って進む。オーディンの脇には息子の雷神のトールが山羊にひかれる車で進み、力のバンドと鉄の手袋、そして魔法の金槌ミョルニルをかざして駈けていく。
ヘイムダルは金の弁髪の馬で彼らに続き、その後から戦の神チュールと豊穣の神フレイ(フレユ)が金の剛毛の雄豚で、その他の者もそれに続いた。オーディンは彼の古き昔の敵たちに向かって馬で駆けつける。
フェンリルヴォルフはだまされて鎖で縛り付けられた仕返しとばかりにオーディンに向かって吠えたてた。トールは真ん中の世界の蛇に毒を吹きかけられ、蛇と3度目の対決をしている。スルトはフレイに攻撃を仕掛け、火の刀を抜いた。
普段はおとなしいフレイは鹿の角を振るが、スルトの火の粉の噴射にはとても太刀打ちできず倒れてしまった。フレイの刀は美しい女巨人ゲルドを妻にするために協力してくれたスキルニルに謝礼としてあげてしまっていたせいである。
ガルムとチュールは対決するが、フェンリルにかみ切られた右手が利かないせいで双方とも深手を負い、命を失ってしまう。
ヘイムダルとロキは互いに襲いかかった。真ん中の世界の蛇はトールに毒を吹きかけたが、トールは3度ミョルニルを投げつけ、蛇をうち倒した。焼けこげた楯と熱い鉄の手袋で死体の方に身体をむけ、トールは九歩ほど後ろに引き下がったが、蛇の毒のために命を落としてしまった。
オーディンが最も頑強な敵フェンリルと一番長く争い、グングニルを狼にむけて投げて深手を負わせたが、殺すことは出来なかった。オーディンは空と大地に触れるほど大きくあけた狼の口に飲み込まれてしまった。
トールの子モーディ(怒りに燃え立つ者)とマグニ(強者)がまっしぐらに進み出てきてミョルニルを取り戻した。しかしオーディンの子ヴィダールとヴァーリの2人もアースガルドと真ん中の世界(ミッドガルド)の没落を阻止することは出来ない。
ヴィダールの持っている靴は鉄のように固くて頑丈で、狼の咽を開いたまま保つことが出来た。ヴィダールは自分の靴をフェンリルのく血に差し込んで片方の手で上顎をぎゅっと掴み、そいつの咽を二つに引き裂いて自分の父親の恨みを晴らした。
スルトは火の刀フォイエル(火)を大地を超えて投げたので、真ん中の世界は火だるまになった。世界の全てが燃え上がり、金の宝物は溶けて流れ去っていく。世界樹は轟音を轟かせて無惨に倒れ、アースガルドはついに焼け崩れる。
オーディンの高見の塔フリドスキャルフは崩れオーディンとトールの息子達はアースガルドの城壁の後ろに身を引いて隠れた。ヴァルハラの戦士達がこの場所と世界樹の上を覆うであろうから、とりねこの燃えさしは燃え尽きることがない。太陽は黒くなり大地はゆっくりと海の中へと沈み、一煙がわき上がって天まで届く。
大地は再び海から盛り上がって緑色になるだろう。野には草木が生い茂り、鷲が山々の頂の上を円を描くように飛び交い、山腹から流れ出る滝壺をのぞき込んで餌となる魚めがけて急降下するだろう。
オーディンはヴァルハラと共に沈没し、トールも永遠に死んでしまった。世界の嫌われ者(狼フェンリルとミズガルズの蛇をさす)や巨人たち、火の巨人スルトも、スルトが焚き付けた火の流れの中で死滅した。
生き残ったアースの神はヴィダールとヴァーリ、モーディとマグニで、トールの子らはトールの魔法の金槌ミョルニルを手にしていた。
罪のないバルドルは黄泉の国から生還し、一緒にヘードも戻ってきた。彼らは共に新しい世界を、反目も確執もなく金や豪華な装飾品への欲もない新しい世界を築くだろう。
新しく生まれてくるアースの神々は過ぎ去った過去の出来事、つまりトールが真ん中の世界の蛇を怖がって九歩も後ずさりしたことや、オーディンがルーン文字を見つけたこと、詩人の蜜酒を家に持ち帰ったこと※6などを語るだろう。
そして草が生い茂った瓦礫の中に、好きだったチェス盤を探し出し、金の駒を新しく据えて占いの枝を投げて将来を占うことだろう。
山と山の間の谷間では世界樹のとりねこの残根が火災を免れ、そこには2人の男女リーフ(生命)とリフトラジール(生命を求めて努める者)が、数多くの子供をもうけ彼らの子孫が新しく住まうことだろう。
太陽もまた、狼に飲み込まれる前に1人の娘を生み、その少女は生みの母の軌道を進み、母に負けずに美しい光を放つことだろう。
暗い山脈から竜のニドヘッグが遮るもののない野原の上を飛びたった。竜の背には前の戦で命を落とした者どもが乗っている。竜は山々の彼方へと下りていくだろうが、墜落して消滅していくのだろうか?それとも毒をきらめかせて新たな飛行にむけて身繕いし準備しているのか?
こうした未来のことについて語り告げることの出来る者はまだ1人もいない。