神々との約定/神々の愛せし神
アールヴヘイムの千年のおばばは、ヘンルーダの腕輪を宿り木で作ってくれたときに「やどり木は神々との約定を結ばなかったため魔力を残している」と言っていますが(7巻)これは北欧における神話のエピソードです。オーディンの子バルデールが、ロキの策略によってやどり木に刺されて死んでしまう話を指しています。
オーディンと女神フリーグの間にはバルデールという息子がありました。彼は非常に美しく、光り輝いており、知恵の深さで彼に並ぶ者はいないほどでした。バルデールの姿を目にしその声を聞きさえすれば、彼を好きにならないものはいませんでした。バルデールは神々の「愛せし神」だったのです。
バルデールは幸せに暮らしていましたが、ある時から不吉な夢を見るようになり、不吉な予感に悩まされます。他の神々に自分の不安を訴えると彼の母フリーグは地上のあらゆる生き物たち、すなわち火、鉄、水、石やあらがね、植物、疾病、獣たち、鳥たち、毒を持つ怪物たちにバルデールを決して傷つけないという約束をとりつけました。
神々はその約束がまもられているか、彼を囲んでためしてみます。バルデールに石や矢を投げつけたり、武器で殴っても、傷つくこともなく苦しみもしないのを見て、神々ははしゃいで大声で叫んだりしていました。その様子を見たロキというお調子者の神は腹を立てました。
ロキは老婆の姿になりフリーグの宮殿へ赴き、神々があんなに楽しそうにしているのはどういう訳なのか、とフリーグに尋ねます。フリーグは自分が全ての生き物に対してとりつけた、「バルデールを傷つけない」という約束のことを話すと、ロキは「全てのものに?それは本当かい?何か忘れたものがあるんじゃないかい?」とフリーグに言い返しました。
「私は1つだけ例外としたわ。ヴァルハラの西に生えているミステルタイン(宿り木)と呼ばれる小さな植物だけはそのままにしておいたの。誓いをさせるには、若すぎたみたいだから」
その事を聞いたロキはヴァルハラの西の宿り木を摘み取り、まだ騒いでいた神々の所へ戻ります。目が見えないホートという神が、神々の少し後ろに立っているのを見て、ロキは「どうしてお前は他の神たちのように、バルデールになにか投げつけたりしないのかい?」と尋ねると、「私は目が見えないし、ぶつけるための武器も持ってないから」とホートは答えました。
「では、これを投げてみるといい。投げる方角はおれが教えてあげるから」
ホートはロキから宿り木を受け取り、バルデールに投げつけました。宿り木はバルデールの身体に突き刺さり、彼は倒れて死んでしまったのです。
神々はロキを懲らしめたかったのですが、集っていた場所は平和を保つべき土地で、流血は禁じられていたため、泣く泣く葬儀をします。しかし、フリーグの頼みでオーディンの息子の一人であるヘルモートという神が、バルデールを冥府(ニフルヘイム)まで行って、冥府の女王ヘールにバルデールをアースガルドへ返してくれるよう頼みに行くことになりました。ヘルモートは9夜かかって冥府にたどり着きヘールにその事を頼みますが、ヘールの出した条件は「世界中の誰もがバルデールがアースガルドに帰ることを望んでいるのならば、バルデールを自由にしてあげましょう」というものでした。
ところが、山の洞窟の一つに住むトークという女の巨人は「バルデールは一度も私に力を貸してくれたことがない」と拒否するのです。トークとはロキが化けた姿で、バルデールはアースガルドに戻ることは出来なくなってしまいました。
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