大阪 安倍野 
 阿部晴明神社 
(2013年2月)

大阪に行く機会があり、安倍野の晴明神社に行ってきました。

安倍野へは天王寺から「上町線」に乗って行くのですが、一体どこから乗れば???
とりあえずビラ配りをしていたお姉さんに尋ねると、上町線は「阪堺電車」と言われているらしい。
教えられた通りに地下道をめぐって地上に出ると・・・
そこには不思議な改札が。
「切符はありません。降りる時に200円お支払い下さい」
と張り紙がしてあった。

なんと路面電車でした。

画像は晴明神社最寄り駅の東天下茶屋。

大阪の鉄道は、微妙に駅と駅が離れてるんですねぇ・・・
まぁ、東京でも地下鉄の乗り換えに、かなり歩かされるところもあることを思えば、こんなものなのか。

晴明神社の手前のお宅の前でガンダム発見!
ペットボトルで出来ているそうですが、すごいなぁ。

反対側のフェンスの上にはウルトラマン。
晴明神社の鳥居。
ブームは去ったのか、観光客はまばらでした。
向かって左の碑。
右側には
「『今昔物語集』などの説話で有名な平安時代の陰陽師安倍晴明は このあたりで生まれたといわれている このはなしは浄瑠璃『蘆屋道満大内鑑』に代表される信太妻物によって親しまれている」
と彫られています。
右側ののぼり。
京都の晴明神社も小さめですが、安倍野の晴明神社はもっとこじんまりとした神社です。
鳥居をくぐって左手にあるお手水で、手を洗って口をゆすぐ。
龍之口とはお手水の水の注ぎ口のこと。
鳥居をくぐってすぐ右手にある「秦名稲荷神社」
信太妻では晴明の父親となっている、安倍保名を祀ったもの。
秦名稲荷神社の奥には「孕み石」と「安倍晴明誕生の碑」

「『安倍晴明生誕地』の碑
この石碑は江戸時代の文政年間に泉州堺の住人神奈辺大道心が建立したものです」

『鎮石(孕み石)
この大石は古代の船の錨で静める意から安産を祈る石を成り孕み石とも呼ばれています
(安倍晴明公顕彰会)』
「安倍晴明公産湯井の跡
江戸時代の摂津名所図会に産湯井の図が見えています
安倍晴明公顕彰会」

石碑の左にある井戸。
隙間から中をのぞくと、すぐ近くに枯れ葉が。
井戸とは思えない浅さだった。

井戸の手前にある石碑。
説明がないので何の石碑なのかはよくわからない。
文字部分の拡大。
国文科じゃないから判読できない文字が〜
葛の葉姫の碑。
「恋しくば尋ね来て見よ 和泉なる信太の森のうらみ葛の葉」
の図画です。

信太の葛葉稲荷神社にも行こうと思いましたが、時間がなく断念。

葛之葉霊孤の飛来像。
狐であったと言われている、晴明公の母・葛乃葉が信田森から飛来する姿をイメージした像だそうです。

下部には文字が彫られていますが、判読できなかった・・・

さらに左隣の晴明の像。
晴明没後1000年の、一千年忌の例祭(平成17年9月26日)に合わせて作成されたらしい。
あの図を立体にしたらこんな感じなのか。
社殿。
鈴で神社の名称が見えない・・・

お参りする。

社務所。
お守りを買っておみくじを引いたら・・・

なんと 大吉 (^^)

左の入り口は占いの待合室になってます。
空いていたので占ってもらいました。(1件二千円、総合で四千円)
生まれた日、時刻で占うので、どっちかというと「鑑定」ですかね・・・
しかし、これが結構当たってるんです。
そんなに生まれた日時によって、人の性質というものは決まってしまうんでしょうか?
双子だと全く同じ運命ってことなのか・・・

社務所の左にある、由来。

「安倍晴明神社
この神社は、『晴明宮御社伝書』によれば寛弘四年(1007年)の創建と伝えられ、安倍晴明公が祀られている。
 安倍晴明公は、天慶七年(944年)この地に生誕し、のちに天文陰陽推算の術を修め、『葛の葉子別れ』の伝説で広く知られている。
学術技芸の髪、火難痛難災除の神、安産の神として信仰されている。
現在の社殿は大正十四年崇敬者の協賛により再興されたものである。
阿倍野区史跡顕彰委員会」

晴明神社を後にし、つづいて阿倍王子神社へ。

>>安倍王子神社へ


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